ぶろぐ。(・ω・`*)


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hard days,holy night
02/19 (Sun) 15:41|日記
気づけば1年ぶりの更新になってました。
社会人1年目、がらっと環境が変わって悩んで悩んで嫌になって、泣いてばかりの日々もあったり。
でも、周りの人に支えてもらいながら、2017年迎えられました( ̄^ ̄)ゞ

そんな毎日を送るなか、これから頑張ろうって一緒に支えあった、同期がいました。
すごくすごくかなしいことがあって。
彼は先日亡くなってしまいました。

突然。本当に突然。

こんなこと初めてで、思うことがたくさんあり、忘れたくないと思ったので、ここに残します。
配属が決まる少し前、集まりがあったときに人見知りな私にたくさんたくさん話しかけてくれました。
職種も違い、彼も器用なほうではなかったと思います。
でも、一生懸命歩み寄ってくれました。

連絡先を交換し、その日から毎日のように今日あったこと、好きなこと、家族のこと、たくさんのことを話してくれました。
人見知りで大勢の場があまり得意ではない私に、「じゃあ、今度一緒にご飯食べに行こう」と誘ってくれました。

亡くなる1か月前、実家に戻ってきた彼とごはんを食べに行きました。
仕事の話はもちろん、普段のこと、いつも話してることの延長線なことも。
私の好きなお店を2か所まわって、そのあと彼の希望でカラオケへ。
知ってる曲が一緒で嬉しそうにしていて。
歌は音痴ではないけどメロディーより先走って、悪い意味でなく一生懸命に歌ってる姿がすこし面白いなと思ったり。

それから、誕生日月だった私にすごく機能的な手袋をくれました。
上取るとグローブ状になってスマホとかいじれる、ノルディック柄のかわいい手袋。
誕生日を教えた覚えはなかったのだけれど、「初めに会ったときに言っていた」とそんな一昔前のことを覚えていてちょっと感動。

その日の別れ際、「また帰ってきたらご飯行こう、あとたまに電話してもいい?」と言った彼。
断る理由もないので、了承し、また沢山しゃべろうと約束。
一人暮らしだった彼はいつでもなにかすぐに話せる相手は少なかったと思います。
帰り際、ちょっと名残惜しそうな顔をしてた。もっともっと長く一緒にいて、話しておけばよかった。

それからあまり日を空けずに彼から電話がきたけど、入れ違いで出られず。
「どうした?なにかあった?」と言ったけど、「大したことじゃないからやっぱり大丈夫だよ」って。
あの時、本当はなにを言おうとしたの?って。何か聞いてほしいことがあったんじゃないかって。

私は嫌なことがあると、すぐに口に出してしまうほうだから、たくさん愚痴を聞いてもらったのに。
私は彼の話をきちんと聞けていただろうかって、すごく、すごく、気になってる。

彼はいつもわたしのことを「優しいんだね」と言っていたけど、本当にやさしいのは君だよと。

訃報を聞いたのは亡くなった翌日。上司から。
信じられなかった。だって数日前まで普通に連絡を取り合っていたんだもの。
仕事が最近ハードだということも、2年目に向けて少し悩んでいるということも、
それでも、今の会社に入れたことがラッキーだって言っていたことも、ついこないだのこと。

現実を見るのが怖いし、信じられないし、信じたくなかったけど、しっかりとお別れをしなければならないと思った。
だから、お通夜と告別式に行きました。

会場につくと知ってる名前と彼が好きだと言っていたアーティストの曲が会場に流れ、
真ん中に一か月前に見た、笑顔がたくさんのお花に囲まれて、写真のなかにありました。

本当に死んでしまったんだ、と思いました。

度々、話の中に登場したご家族がおり、彼が話していた通り、仲のよさそうなあたたかさを感じました。
彼がやさしいのも、とても頷けました。

彼は棺のなかで目をつむって眠っていました。
きれいな顔をして眠っていました。
死んでいる風になんて、見えなくて。
でも、呼吸をしていないのは、分かりました。

どんなに信じたくなくても、目の前に現実があって。
一か月前に会ったやさしくにこにこな彼の顔が、目の前の棺の中で静かに眠っていました。

離れて暮らしていた家族に私たちだけが知っている彼のことを伝えたくて、お母さんに手袋の話をしました。
「センスが悪くてごめんなさいね」とお母さんは言いました。
私はずっと大切にしますと言い、その場を離れました。

次の日の告別式は、会社の人、彼の旧友などからの弔電が読まれ、
そのなかに彼が研修でお世話になったと言っていた、上司もいました。
「何事にも手を抜かない」と読まれていて、本当にそうだったなと。
真面目で、前向き、悩むこともあるけど、いつでも一生懸命。

最期に棺桶を開け、ひとりずつお花を手向けさせてもらいました。
私は小さなお花をひとつ、彼の右腕のうえに供えました。
彼の上には私服がかけられ、周りにはお花がたくさん。

棺が閉じられ、ついに、もう本当に今生彼の姿を見ることは、会うことは、喋ることはできないのだと思ったら、
涙があふれてあふれて、止まりませんでした。

お父さんは「短い人生だったけれど、こんなに皆さんに愛されていた」と。
人にとってもやさしく、とっても一生懸命に生きてきたからこそ、愛されていたんだなと思います。

出棺のとき、黙って泣いて見ていることしかできず、車が行ってからも、しばらく涙が止まりませんでした。

その後、同期から、彼が私に「連絡をしたいけれど、どうしたらいいか」相談していたと知りました。
こんなに人見知りな私と「仲良くなりたい」と思ってくれていたことがすごくうれしいなと、そのとき純粋に思いました。
だから、あんなにたくさんたくさん、不器用なりにも一生懸命に連絡をくれたのだと。
こんな私と仲良しになりたいと思ってくれて、本当に本当にありがとう。
いつも支えてもらってばかりだったけど、私は君のためになにか出来たのかな。

私のことをたくさん知れてうれしいって。話すのが楽しいって。会いたかったから会えてうれしいって。
たくさんうれしい言葉をかけてもらった、頑張ろうと思えた。
もっとこれからたくさん話そうって言って、帰ったらまた会おうねって言っていたのに。
こんな形で再会するなんて、こんなことがあっていいのと考えてばかりのここ一週間。

どうして死んでしまったのか、なんで彼なのか、いくら考えても帰っては来ないし、
仕方のないことだけど、そう考えることをやめられない。
考えることをやめてしまったら、彼がどんどん思い出の人になってしまいそうで。
人間は忘れる生き物だし、忘れていかないと辛くて生きていけないけれど、
生きた証をずっとずっとリアルなものとして覚えていたい。
彼がいなくなってしまって感じたことや、学んだことをずっと忘れないでいたい。

今でもひょっこり連絡が来るような気がしてならないです。
実は質の悪すぎる冗談でしたって。帰ってきてほしくて。
SNSの上位にあった名前がどんどん下に下がっていくのが寂しい。
彼との連絡が日常に一部になっていたから。
幸い、私の最後のメッセージは既読になっており、それだけが救い。

しばらくは前になかなかまっすぐ進めないと思います。
でも、私にも心配してくれる人が周りにたくさんいました。
だから、そのありがたみを噛みしめながら、その手に助けてもらいながら、少しずつ少しずつ進んでいきたいと思います。

短い間だったけれど、あなたと出会えたこと、とても幸せです。
たくさん、たくさん、色んなことを教えてくれてありがとう。
たくさん、たくさん、励ましてくれて、アドバイスをくれてありがとう。
私と出会ってくれてありがとう。
人間、いつなにが起きるか分からないと今回ひしひしと分かったので、いつになるか分かりませんが、
とりあえず、私がしわしわのおばあさんになって、そっちへ行くときにまた会いましょう。
それまでのお別れだと思って、一生懸命、生きます。

またね、ありがとう。
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